この記事でわかること

  • 産業医の選任義務が「事業場ごと」である理由と、本社の産業医が支社を当然には担当できない理由
  • 50人未満の拠点で不調者が出たときに、会社が負っている義務
  • 拠点間の空白を埋める3つの方法と、その比較

複数拠点を持つ企業の人事・総務の方へ(この記事の執筆元)

筆者は現役の医師・産業医です。株式会社MeIXでは、信頼できる産業医ネットワークにより、オンラインの単発面談から嘱託契約まで提供しています。「本社には産業医がいるが、小さな拠点には医師がいない」というご相談にも対応しています。→ 30分の無料オンライン相談はこちら

結論:産業医の選任義務は「会社単位」ではなく「事業場ごと」

労働安全衛生法は、事業場ごとに産業医を選任することを求めています。

事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項……を行わせなければならない(労働安全衛生法第13条第1項)

そして、その「政令で定める規模」は常時50人以上の労働者を使用する事業場です(労働安全衛生法施行令第5条)。

ここから、次の2つが導かれます。

  1. 会社全体で数百人いても、支社・営業所が50人未満なら、その拠点に産業医を選任する義務はない
  2. 本社に選任された産業医は、本社という事業場について職務を行う立場である。他の事業場の労働者を担当させたい場合は、その事業場について別途の選任・契約が必要になる

つまり「本社に産業医がいるから大丈夫」とは言えない構造になっています。

なお「事業場」の考え方について、厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」(令和8年2月)は次のように整理しています。

「事業場」は原則として、工場、事務所、店舗など同一場所にあるものを一の事業場と考え、同一企業であっても、場所的に分散している場合は別個の事業場となります。

それでも50人未満の拠点で会社が負っている義務はある

選任義務がないことと、何もしなくてよいことは別です。50人未満の事業場にも、次の義務・努力義務があります。

項目根拠区分
健診で異常の所見があった労働者について、医師の意見を聴く安衛法66条の4義務(全事業場)
月80時間超+疲労の蓄積があり申出をした労働者への医師の面接指導安衛法66条の8義務(全事業場)
上記以外で健康への配慮が必要な労働者への必要な措置安衛法66条の9努力義務
医師等に労働者の健康管理等の全部または一部を行わせる安衛法13条の2努力義務
労働者の健康相談に適切に対応するための体制整備安衛法13条の3努力義務
ストレスチェックの実施安衛法66条の10令和10年(2028年)4月1日から50人未満にも義務化
安全衛生推進者・衛生推進者の選任(常時10人以上50人未満)安衛法12条の2、安衛則12条の2義務

50人未満の拠点で不調者が出たとき、会社が「医師に相談できるルートを持っていない」状態は、これらの義務を果たす手段がないということでもあります。

多拠点企業でよく起きる3つの困りごと

1. 支社の従業員から不調の相談・診断書が出てきた

本人の申出や診断書をきっかけに、就業を続けられるか、続けるならどんな配慮が必要かを判断する必要があります。判断材料として医師の意見が要るのに、その拠点には医師がいない、という状態です。

2. 支社の健診結果に所見のある従業員がいる

健康診断は全社一括で実施していても、所見があった労働者についての医師の意見聴取(安衛法66条の4)は事業場ごとに行う必要があります。意見聴取は、健康診断が行われた日から3か月以内に行い、聴取した医師の意見を健康診断個人票に記載しなければなりません(労働安全衛生規則第51条の2第1項)。

3. 支社で長時間労働者から面接の申出があった

安衛法66条の8の面接指導に人数要件はありません。小さな拠点でも、要件に該当する申出があれば実施義務が生じます。

拠点間の空白を埋める3つの方法

方法費用感向いているケース留意点
① 拠点ごとに嘱託・リモート契約を結ぶ月額(リモート産業医は月3万円〜/訪問嘱託は月5万円〜・税別)拠点の人数が多い/相談が定常的に発生する拠点数が多いと固定費が積み上がる
② オンラインの単発面談(スポット面談)を使う1回2万円〜(税別)相談の発生が読めない/まず窓口だけ確保したい継続的な職場巡視等は含まれない
③ 地域産業保健センター(地さんぽ)を使う無料50人未満の事業場回数・範囲・日程に制限がある。多拠点企業の営業所等は利用できない場合がある(下記)

多拠点企業がとくに注意したい点:地さんぽは使えないことがある

地域産業保健センター(地さんぽ)は、独立行政法人労働者健康安全機構が全国350か所(おおむね労働基準監督署単位)に設置している支援機関で、50人未満の事業場は医師の面接指導や健診結果の医師の意見聴取などを無料で利用できます。

ただし、厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」(令和8年2月)には、次の記載があります。

地産保は、企業規模として 50 人未満の小規模事業場を優先して支援を提供しています。いわゆる大企業の営業所等である小規模事業場で、本社等で選任されている産業医等の協力を得られるような場合は、ご利用いただけないことがあります。

つまり、本社に産業医がいる多拠点企業の小規模拠点は、無料窓口に頼れない可能性があるということです。この点は、拠点の空白を埋める手段を検討するうえで先に確認しておくべきポイントです。

現実的には、③が使えるかを管轄の窓口に確認し、使えない/足りない部分を②で補い、相談が定常化した拠点は①に切り替えるという順序が使いやすい形です。

多拠点で運用するときに決めておくこと

  • 窓口の一本化:拠点の管理者が個別に手配すると、記録も判断もばらつきます。本社人事に窓口を集約し、拠点は申請だけを行う形にすると運用が安定します
  • 記録の保存:法定の面接指導の記録は5年間保存が必要です(労働安全衛生規則第52条の6、第52条の18)。どの拠点の記録を誰が保存するかを決めておきます
  • 健康情報の取り扱い:本人が記入した問診票などの機微情報を、拠点の上長にそのまま回さない運用にします。会社が受け取るのは就業上必要な範囲の意見に限定するのが原則です
  • 費用の負担部署:拠点予算か本社予算かを先に決めておくと、必要なときにすぐ依頼できます

2028年に向けて、拠点数の多い企業ほど早めの整理を

令和10年(2028年)4月1日から、ストレスチェックの実施義務が従業員50人未満の事業場にも拡大されます(令和8年政令第195号)。産業医の選任義務は拡大されませんが、高ストレス者から申出があった場合の医師による面接指導は必要になります(安衛法66条の10第3項)。

50人未満の拠点を多く抱える企業ほど、「実施は外部委託できても、面接指導を行う医師がいない」という状態になりやすいため、拠点をまたいで使える医師のルートを先に確保しておくことをおすすめします。

よくある質問

Q1. 本社の産業医に、支社の従業員の面談も頼めますか?

A1. 産業医は選任された事業場について職務を行う立場です。他の事業場の労働者を担当させる場合は、その事業場についての選任・契約が別途必要になります。まずは現在の契約範囲をご確認ください。

Q2. 支社が50人未満なら、何もしなくてよいのですか?

A2. いいえ。健診有所見者についての医師の意見聴取(安衛法66条の4)や、長時間労働者への面接指導(同66条の8)は事業場の人数にかかわらず義務です。

Q3. 拠点ごとに契約すると費用が膨らみませんか?

A3. 相談の発生頻度が読めない拠点は、単発のスポット面談(1回2万円〜・税別)で窓口だけ確保する方法があります。定常的に相談が発生する拠点だけ月額契約に切り替える形が現実的です。

Q4. 地域産業保健センターは全国どこでも使えますか?

A4. 全国350か所に設置され、従業員50人未満の事業場が対象です。ただし厚生労働省のマニュアルでは、いわゆる大企業の営業所等である小規模事業場で、本社等で選任されている産業医等の協力を得られるような場合は利用できないことがあるとされています。拠点ごとに管轄の窓口へご確認ください。

Q5. オンラインでの面談でも問題ありませんか?

A5. 法定の面接指導については、厚生労働省が「情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項及び第66条の10第3項の規定に基づく医師による面接指導の実施について」(平成27年9月15日付け基発0915第5号。令和2年11月19日付け基発1119第2号による改正後)で留意事項を示しています。映像と音声で相互に確認できる機器を用いるなどの要件を満たす必要があり、音声のみの電話による面接指導は認められていません。

まとめ

産業医の選任義務は事業場ごとに判断します。本社に産業医がいても、50人未満の支社・営業所はその産業医の職務の対象外であり、一方で健診の意見聴取や長時間労働者の面接指導は人数にかかわらず義務です。拠点間の空白を、無料の公的窓口・単発のオンライン面談・拠点ごとの契約の組み合わせで埋めておくことが、2028年のストレスチェック義務化に向けた備えにもなります。

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執筆・監修

小正 晃裕(医師・産業医/循環器内科専門医・不整脈専門医・両立支援コーディネーター/株式会社MeIX 代表取締役CEO)

参考・出典:労働安全衛生法第12条の2・第13条・第13条の2・第13条の3・第66条の4・第66条の8・第66条の9・第66条の10/労働安全衛生法施行令第5条/労働安全衛生規則第12条の2・第51条の2・第52条の6・第52条の18(e-Gov法令検索)/「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律の一部の施行期日を定める政令」(令和8年政令第195号)/厚生労働省「情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項及び第66条の10第3項の規定に基づく医師による面接指導の実施について」(平成27年9月15日付け基発0915第5号。令和2年11月19日付け基発1119第2号による改正後)/地域産業保健センター(こころの耳・厚生労働省)